雲丹の話になると湧く「美味い雲丹食べたことないんだよ」マンへの疑問

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雲丹軍艦巻

※この記事は約 10 分で読めます。

いきなりですが私は雲丹がそれほど好きじゃありません。
嫌いではないんですが「そんなに崇め奉られるほどのものか?」と思っています。
出てくれば文句言わず普通に食べますが、雲丹かイクラを選べと言われたら迷わずイクラを選びます。

先日、何気なくはてなのアプリを眺めていたところ、次のような記事を発見したので読んでみました。

この方の記事内容には完全に同意したのですが、案の定と言うかなんというか、
「それは美味しい雲丹を食べたことがないからだよ」とか
「美味い雲丹を食べたら変わる」とか、
その手のコメントがいくつもついていました。
なぜか昔食べた雲丹自慢する人とかもいましたね。

そこでふと昔のことを思い出して今回の記事を書くに至ったわけですね。
もちろんマイルとは全然関係ありません。
「ろくに更新しないくせに最近雑記ばっかだな!」
というご意見は100%受け止めて泣きます。
あと、今回の記事に関しては私の黒い部分がそれなりに出ている可能性があります。
気分が悪くなる可能性もゼロではありませんのでご了承ください。

そしてさらに、私はお金持ちではありませんが育った土地柄、それなりの雲丹は食べたことがあります。
採れたての雲丹についても食べたことがありますが、その上で「それほど雲丹が好きじゃない」ことを先にお断りしておきます。
↑わざわざこんな感じ悪い断りを入れなければならないほど「美味い雲丹食べたことないからだよ」とドヤられるのが嫌だということを予めご了承下さい。

昔遭遇した「美味い雲丹食べたことないからだよ」マン

ドヤ顔

実体験です。
私は学生時代に2年間ほどとある海なし市に住んでいまして、そこのとある場所でアルバイトをしていました。
ふとしたことから寿司ネタの話になり、自分がそれほど雲丹が好きではないということも言いました。
その時話に加わっていた人達はそうでもなかったんですが、なぜか少し離れたところにいた同僚(A君とします)が急に割って入り、
「○○くん、それは君がほんとに美味しい雲丹食べたことないんだよ。美味しい雲丹食べたらきっと変わるから。」
と言ってきたんですね。

まさに「シュババババ」という擬音が当てはまるほどに素早く会話に参入し、満面のドヤ顔です。
ん?何故急に入ってきた?急に入ってきて言いたいことそれ?という疑問が湧きましたが、コミュ障で若い私は苦笑いするのが精一杯でした。
でもよくわからないなりにそこそこムカついたのを今でも覚えています。

A君にいきなりドヤられた私は「多分だけど君よりは美味しい雲丹食べたことあると思うよ?」という皮肉を飲み込んでひたすら苦笑いしていました。
A君は地元の人で、市外に食事に出るという話も聞きませんでしたし、私のような底辺学生と同じところでアルバイトしている身ですから上等な雲丹が出るような店に出入りしていることもなかったでしょう。
それなのにさも自分はうまい雲丹を食べ慣れている風の物言いをしてきたことに私を含めその会話をしていた人達は呆気にとられていました。

その後の人生でもA君ほど露骨ではないにせよ、同様の事を言って雲丹好きの優越をアピールする輩には何人か遭遇しています。

冒頭の記事とコメントを読んだときにその時の体験を思い出すとともに、いくつかの疑問が湧いてきたのでちょっとそれを書いてみようと思った次第でございますよ。

「美味い雲丹食べたことないからだよ」マンへの疑問

ほんとに美味い雲丹食べた上で言ってる?

前述のA君もそうですが、ドヤってくる人がそれほど美味い雲丹を食べた上で言っているのか甚だ疑問です。
もちろん中には美味しい雲丹を食べてドヤっている人もいるでしょう。
ただ、私が今まで思っていた以上に「美味い雲丹食べたことないからだよ」マンの生息数は多いようなので、彼らの言う「美味い雲丹」がそんなに行き渡るほど出回っているのか?という疑問は消えません。

それ、ほんとに美味い雲丹ですか?
たまたま受給の関係で相場が上がっていたのをいつもより上等な雲丹と勘違いしていませんか?

美味い雲丹に出会う前は雲丹好きじゃなかったの?

彼らの言う「美味い雲丹を食べれば変わる」という言葉の裏側には、
「自分も通ってきたけどそれは過去のこと。お前まだそこ通り過ぎてないの?」
みたいなマウンティングが見え隠れしませんか?
A君がそうだっただけですかね?

にも関わらず、彼らの口から雲丹が好きでもなかった頃の話が出てくることはありません。
逆に「俺も昔雲丹好きじゃなかったんだよね」と言ってその頃の話をする人から「美味い雲丹食べたことないからだよ」という台詞を聞いたことはありません。

ほんとに雲丹好きじゃなかった時代経てますか?
その当時の感覚って覚えてますか?
何となくどこかでその台詞覚えて使いだしただけじゃないですか?

美味い雲丹を食べた後はそうでもない雲丹も好きになるの?

美味い雲丹を食べたことがきっかけとなって雲丹好きになったと言うことですが、世の中には美味い雲丹と大したことない雲丹の両方が流通していることになりますね。
美味い雲丹を食べることで味覚が変わり、そうでもない雲丹の雑多な味の中から美味い雲丹と同様の旨味を感じ取れるようになるということなんでしょうか?
1度や2度美味い雲丹を食したからといってそんなに味覚って変わりますか?

もしくは彼らの中では、彼らの言う美味い雲丹だけが雲丹であり、そうでもない雲丹は雲丹として認めていないということなんでしょうか。
その上で雲丹好きを主張するというのはちょっとおかしいかなと言う気もします。
例えるなら、
「ANAよりJALのシートのほうが好みなんだよねー」
と国内線普通席について話をしているところに割って入って、
「ANAのファーストクラス乗ったことないからそんなこと言えるんだよ。1回乗ってみればANAの良さがわかるから」
と主張するようなものではないでしょうか。
なんかマイルブログっぽく例えたつもりが余計わけわからなくなったような気もしなくはないですがまあそんな感じの違和感があるわけですよ。

また、美味い雲丹だけを雲丹とみなすのであれば、美味い雲丹なんてそうそう食べられるものではないと思いますので、その人は人に強く主張するほど大好きな雲丹をほとんど食べることなく常に我慢している状態に等しいですよね。
それだったら別に雲丹好きじゃない人や、安い雲丹でも美味しく食べる人の方が幸せなような気がします。
まあ大きなお世話なんですけど。

何て返してほしいの?

これはほんとに正解がわかりません。
結局何と言って返せばいいのか今でも不明です。
私がこれまで試しにとってきた対応とその結果をまとめてみます。

  • ただひたすら苦笑い→場の会話が完全に終了しドヤった本人含めて手持ち無沙汰になり終了。
  • 「よく美味しい雲丹たべるんだ?」→「まあ俺も数えるほどしか食べたことないけどね」→どないやねん!
  • 「地元で採れたても食べたことあるけど別に…」→黙ってふてくされて終了。
  • 「へえー」→ドヤってるだけで特に続きがあるわけでもなく終了。
  • 「違いわかるの?」→「ぜんぜん違うじゃん!」とムキになるも具体的な解説もなく終了。
  • 「でもそんなに美味い雲丹ばっかり食べるわけじゃないよね?」→「へ?」→「へ?」微妙な空気に。
  • 「ご馳走様です!」→「何で奢らなきゃいけないんだよ!」試した中では一番マシな気はしましたがそれでも微妙な空気は継続。

普通に乗っかっても続きはないし、掘り下げようと相槌を打っても続かないし、真っ向から立ち向かえばふてくされる始末です。
私がコミュ障だからと言われればそれまでなのかもしれませんが、それを差し引いてもうまく成り立たせる方法は未だにわかりません。
こうやって返せば正解というのがあれば是非教えてほしいです。

そもそもなぜわざわざドヤりに来るの?

これは雲丹を含むごく少数の食べ物において見られる兆候かと思います。
主に値段が張るのに好き嫌いが別れる食べ物によく見られる傾向がありますね。
蟹とかでよくいる、「蟹嫌いなんて人生損してるよ」マンもこれに近いものがありますね。

私は秋刀魚の塩焼きが好きですが、秋刀魚があまり好きじゃない人に対して、
「根室の秋刀魚食べたことないからだよ。食べたら変わるよ」
とか絶対言いません。
多分秋刀魚が嫌いな人に上等な秋刀魚を勧めたところでそれを食べて好きになるようなことはないと思っているからです。
でも雲丹などの一部食材では美味いのを食べれば変わる理論が幅を利かせているんですよね。

自分はうまい雲丹を食べたことあるぞ自慢ならその後の展開やオチを用意してからドヤりに来てほしいです。
自分は自慢して気持ちいいのかもしれませんけど付き合わされる方は正解なき問いに苦しむだけなんですから。

おまけ:「じゃあくれよ」マン

「美味い雲丹食べたことないからだよ」マンを拗らせた人の中には、「雲丹好きじゃないならくれよ」マンが存在します。
普段は正体を隠していますが、折詰の寿司を食べる際など限られたシチュエーションで現れるそこそこレアな存在です。

私がそれほど好きじゃないことを知っている人でたまにいますが、私は決して食べられないほど雲丹が嫌いなわけではありません。
10段階でいったら5か6くらいの好き度なので出されたら文句も言わずに食べますし、気分によっては回転寿司で取ることもたまにあるくらいです。
でも彼らにとって雲丹は、好きと公言する人以外は食べる価値なしと言わんばかりに雲丹をせびってきます。
「別に嫌いなわけじゃないよ。ありがたがるほど好きじゃないだけ。」と言ってもなぜか聞く耳を持ちません。
「でも好きじゃないんだろ?じゃあくれよ」
となぜか若干上から言ってきます。厄介です。

そこで私が、「じゃあイクラと交換しようや」というとなぜか拒否し、憤慨することもあります。
玉子やるからイクラよこせといった無茶な要求をしているわけではなく、価格的にはほぼ等価のネタ交換でこちらが出すのは彼の大好きなはずの雲丹です。
雲丹と同じくらいイクラが好きならその気持ちはわかりますが、イクラに関しては雲丹ほどゴリ押ししてこないのでおそらく雲丹のほうが好きなのでしょう。
でも彼らの中ではイクラと雲丹の交換は成立し得ないんですね。

推測ですが彼らの中では、
「雲丹の旨さをしっかりわかっていない人間に食べさせるのは勿体ない。味のわかっている自分が食べるのが正義」
という感覚を持っているのでしょう。
彼らにとってそれは使命であり、市場原理や損得とは一線を画しているのです。
なのでネタの交換でお互いが得をするとかそういったことは考慮していません。
そもそも雲丹大好きと公言しない人間は悪ですからそんな人間が交換で得をすること自体許せないわけです。

そんな彼らに私は声を大にして言いたい(いや本人にはやんわり言ったんですが)。

「お前らの正義を押し付けるな。どうしても雲丹を取り上げたければイクラを差し出せ!」

これに尽きます。

まあそんな頻繁に遭遇するわけではないのでどうでもいいと言えばいいんですが…。

まとめ

まとめも何もただの愚痴なんですが、雲丹がそれほど好きではないという人であればある程度共感を得られるのではないかと勝手に思っています。
雲丹が好きなら好きでいいんです。雲丹が好きなことを否定するつもりは毛頭ありません。
ただ、「雲丹の良さがわからない貧民かわいそうに」とだけ仄めかしに上から来られるのは、やっている本人が思っている以上に鬱陶しいんですよ。会話全部終わるし。
「美味い雲丹食べたことないんだよ」マンが雲丹好きな人の中でもごく一部なのもわかっています。意外と多かったけど。
ただそのごく一部の人のインパクトが強すぎます。
なんたって20年近く前のA君の台詞も全部覚えているくらい印象が強くて今でも思い出すたびに腹が立ちますからね。

と、ここまで書いていて気づきましたが、今回の記事は8割方A君を念頭に置いて書いています。
雲丹一つで何をムキになっているのかと自問したのですが、もしかしたら私がA君のことが嫌いなだけでここまで熱くなったような気もします。
15年くらい会っていませんが…。

とにかく私は雲丹好きの人に喧嘩を売りたいわけでもなく「美味い雲丹食べたことないからだよ」マンを論破したいわけでもありません。
ただひたすらドヤられるのが嫌でたまらなく、実体験を思い出して悪態をついているだけの話です。
ただひとつ、「美味い雲丹食べたことないからだよ」マンの自覚がある人やなりそうな人がいたらこれだけは覚えておいていただきたいのです。

魂の叫び

雲丹好きじゃない人のことは放っといて!

 

以上です。

ではまた!

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